
沼津秘宝館
既に閉館してしまった秘宝館でも、気になってその跡地を訪れていた時がある。2000年の終わり頃に訪れた「沼津秘宝館(跡地)」もそのひとつ。どんな秘宝館だったのか気になって「行ったことのある」方からの情報お待ちしております。と書いていたところ、なんと2008/05/04 jimmy164様より「29年前に行きました。この度、実家の戸棚の引出しからチケットとパンフレットが出てきました。」という秘宝館情報をいただき、更にはそのチケットやパンフレットをスキャンした画像データを送っていただいたのであります。
このサイト始めて何度目かの「うひょー!インターネットってすごいな」を実感。jimmy164様、本当にありがとうございました!!
送っていただいた画像を眺め、チケットの裏面にある入館日の日付(54.7.1)の頃「沼津はこんな秘宝館だったのか...」と、一人で感動していたのですが、やっと皆様にもお見せできる準備が整いました。
「紳士手帳」的な構成になっている沼津秘宝館のパンフレット。見どころ満載なので、まるごとページめくりFlashにしました。クリック&ドラッグか <<次へを押してご覧ください。では、懐かしき昭和遺産「沼津秘宝館」へいざ出陣。
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既に閉館しているため、ここからはパンフレットの内容から想像し勝手に妄想してみたいと思う。
まずは、表紙にあるゆるくカーブを描いた建物。2ページ目に「総工費500,000,000円をかけたユニークな建物」「前面には東洋一を誇る15変化の色鮮やかなネオンがとてもすばらしく」とあるので、きっとラスベガスのホテルよろしく、キラキラ・チカチカしていたのだろう。30年前の5億円となると凄い金のかけ方だったと思うが、佐賀の秘宝館も総工費5億円だったので、あの時代の標準だったのかもしれない。
余談だが、表紙にコラージュしてある浮世絵は、勉強不足で誰の作品か判らず。判る人教えてください。(裏表紙の浮世絵は、葛飾北斎「つひの雛形(第9図)」)
さて、内部の全貌は3-4ページの見開き図でわかるのだが、なかなかスゴイことになっている。展示内容自体は他の秘宝館とそう変わらない部分が多く、目新しいものは無かったと思われるが、一番の注目は展示の順序。そう、順路である。
ロビーでスカートのめくれるマリリンモンローを眺め、チケットを買う。静的コンテンツともいえる西洋秘画を横目に見つつ、女体トンネル。道祖神やら神話的なものでやんわり入る手法と違い、結構ストレートである。だが、こんなの序の口。
女体を抜ければ、昭和の性にはハードルが高かったと思われるSM。おぉ、秘宝館ってエロい、スゴイとハイテンションになったところで、なんと性教育・保健衛生コーナーが続くのだ。これは一気にテンションが下がる。この順路は、なかなかヘビーだ。
性教育・保健衛生コーナーは衛生博覧会的な意味合いで存在することが多いが、個人的にはエロいのお腹いっぱい的になったもうちょっと後に、ささーっと通り過ぎるぐらいの規模で展示されているのが好きだ。
気を取り直して、大人のオモチャや性的珍品類を眺めると、その後は遊郭あり、大奥ありで、延々と江戸の性愛模様が続く。最後は地名にちなんだ一色神社でおみくじを引いて出口へ。...だいたいこんな感じだったと思われる。

沼津秘宝館音頭
しかし、そんなゆるい時代のキャラクターは、結構強烈だった。沼津秘宝館のマスコットだったという「ペロペロポルノライオン」(たぶん3ページにあるイラスト)と「ピン立ちコミック牧師」(21ページで頭を下げているちんこか?)。きっと、秘宝おじさんのように表には出ていなかったと思われるが、オリジナルグッズぐらいはあったのだろうか。特にライオンの方は、ネジ巻いてぴょこぴょこ動くタイプのものがあったとしたら、最強のいやげものだったと思う。
秘宝館は昭和という時代が生み出した一大エンターテイメントだろう。閉館してしまった秘宝館も多いが、個人的には「昭和遺産」と呼んで大事にしていきたいと思っている。いつの日か 昭和は遠く なりにけり。